「流一は悩んだと思います。死に掛かってた俺を助けるために。そして…」

「私が呼ばれた。」

キョウコが言葉を受け継いだ。

これ以上、翔吾に語らせるのは酷だと思ったのだ。

雨宮鏡子が現れた事で、澤里翔吾の記憶は"都合のいいように"修正されてしまった。

雨宮鏡子が居ない時期は、転居していたから。

突然現れたのは、ふらりと帰ってきたから。

そういう風に。

記憶が変容し、歪んだまま固定されてしまった。

「私は、雨宮流一さんの依頼を受けたリアルアクトレス。依頼の内容は、死んだ親友の演技でした。つまり、あなたのいう…雨宮鏡子です。雨宮流一さんは多額の報酬と引き換えに、雨宮鏡子を現実世界で創ったんです。」

リアルアクトレス。

現実という舞台で演じる女優。

「私は、雨宮鏡子が架空の人物だとは知らずに演技していました。雨宮流一さんが書かれた“脚本”の通りに。」

キョウコがコーヒーカップを手に取る。

「そして、今にも死にそうだったあなたの目の前で演技しました。あなたがその後回復し、病と闘っている間もずっと。」

それはまるで。

罪の告白のようだった。

「あなた達が日記で作った設定の通り、天才的な女の子になるため努力しました。そして、雨宮鏡子を演じている時に、雨宮流一さんが何を考えているか、段々判ってきてしまったんです。」

キョウコが目を細めて翔吾を見る。

「雨宮流一さんは、私を殺そうとしているのではないかって。」

翔吾は呼吸をするのも忘れてしまいそうだった。

「雨宮鏡子をどう扱っていいものか、図りかねていたのでしょう。雨宮流一さんは、いずれあなたと雨宮鏡子に永遠の別れを与えなければならないと考えていたはずです。いつまでも女優を雇っているわけにもいきませんからね。雨宮一族はおそろしい、女優一人の口を塞ぐことくらい簡単でしょう。」

天才女優の鋭いまなざしが、翔吾の瞳を貫く。

「けれど、それは行き過ぎた杞憂でした。」

コーヒーは口を付けられることなくテーブルに戻される。