「結婚……したんだ」
私は、ひとりごちくようにそう言った。すると、貴志はぱっと顔を上げ、自分の薬指を見つめながら、あぁ、と呟くように返事をした。
「おととし、結婚したんだ。お見合いなんだけどさ」
とうに大学を卒業し、安定した職に就いたであろう彼にとっては当たり前のことだった。けれど、時代の流れを素直に認められない自分がいた。
あの頃、自分と貴志が淡い恋愛をつむぎかけていたのを思い出した。もう随分と昔のことのようだ。今のように大人でなかった自分たちは、結局うまくはいかなかった。それでも、真っ直ぐに相手に感情をぶつけていたあの時の自分たちが、少し羨ましかった。
「歩かないか」
私は頷いた。