「カオリ」
三歳になった娘は、私の手を離して、たったっと足音を鳴らして危なげに駆ける。小さいからだに向かって名前を呼んでやると、くるりとこちらを見て、無邪気に笑った。
その笑顔を見るたびに、私の心がぐしゃりと音をたてて、切ないような気持ちになる。彼女は、まだ見ぬ父親とおんなじ顔をして、きらきらと笑うのだった。
「ほら、新しいおうちへ行くわよ」
そう言って手を差し伸べると、カオリは素直に私の手を掴んだ。
この街を去って、約四年。私は再びこの街へ戻ってきたのだった。
アパートはそのままにしておいたので、娘と住むことにした。相変わらず、そこには当時と同じ面影を残したアパートが立っている。一つ一つ、階段を踏みしめるようにして上へ上がり、扉の前に立つと、一番先に目に入ったのは、ぎゅうぎゅうに封筒の詰められた郵便受けだった。
ひとつだけひっぱってみると、案の定、他の封筒もばさばさと地面に落ちた。手にした封筒を裏返すと、そこにあったのは、差出人のKAORU MIYATAの文字だった。
地面に散らばった封筒をかき集めようと地面にかがむと、それが全て同じ相手からのものだと分かった。彼は、律儀にも、何年ものあいだ、私のいないアパートに手紙を送り続けていた。