お礼を言っても言わなくても、それは変わらない。

中村の中で、俺はそんだけの存在。


思わず俺は笑ってしまった。


「……そっか。やっぱ、いいや」


あぁ、なんか。バカみたいだ。
余計な事、言わなきゃよかったのに。


地面の上を跳ね踊る滴を見下ろしながら、笑っているはずなのに、虚しさでいっぱいになった。


「あ、いや……覚えてる、よ」


驚いて地面から目線を上げる。

黒めがちな瞳が真っ直ぐと俺を見ていた。


……嘘つけ。
さっきまで『え?』とか言ってたじゃん。
超沈黙だったじゃん。


そう思うのに、その瞳に見つめられるとやっぱり


「……マジ?」


少しだけ、信じてしまう。


まるで何かの魔法にかかったように。

本気で、中村の瞳には何か不思議な力でも備わってんじゃないかと思う。
少なくとも俺には、絶大な力を発揮している。


中村は小さく頷いた。
そして続ける。


「……まさかお礼言われるとは、思ってなかったから」

「え?なんで?」


そう問い掛けた瞬間、中村の無表情に少しの苦みが混じったような気がした。