『何も知らない純粋なままでいたら、俺たちとは会わずに普通の娘でいられたのかもしれないのに』


ロアルの過去を憂える言葉にルゼルは驚いた。
それはもう、ないものねだりに過ぎない。それを分かっているから彼は過去を後悔などしたことはなかったのに。

『クー、お前は確かに良い娘を見つけた。でも見つける時間に問題があった。彼女がメレイシアに逢う前に見つけるべきだったんだ…』

どうしてそんな、今から後悔しても遅いことを言うのだろう。ルゼルが何度も憂え、自身に仕方がないことだと言い続けてきたことなのに。
どうして掘り返すのだろう。


「そんなふうに言って、変えてくれるの?僕たちのあり得ない未来を」

『まさか。人間たちが許さないことを叶えるなんてことは出来ないよ』

なら、どうして期待させるような言い回しをするのだろう。過去まで持ち上げて。


ロアルは苦い顔をしているルゼルを見ると、窓からレリアたちを見る。その目に浮かぶのは、慈しみの光そのものといって良いだろう。

『レーアは俺たち神をも動かしてしまう不思議な娘だね。だからメレイシアが手元に置いたんだろうけど』

淡い笑みを浮かべたまま金色の神はボソッと呟いた。





『生まれたとき手放さなかったら、クーの願いも叶えられたのにな……』





小さな呟きはギリギリルゼルの耳に届いた。

(手放さなかったら……?)

つまり、手放したからレリアは手の届かないものになったと?
でも今の言葉だけでは分からない。

「ロアル」

呼ぶと彼は振り返って微笑んだ。しかし何も言わない。

『愚痴は、全部分かって帰って来たときにおいで』

それだけ言うとロアルは光に包まれて消えてしまった。
後には何も残らない。

(全部……)

全部とは、何処から何処までなのだろう。

それがルゼルには分からなかった。