闇の帳が世界を覆っている。それを美しいと思う自分は、きっと闇のものに魅入られている。
あまりに綺麗なその、黒で塗り固められた世界は、でもとても孤独だ。一人でいるには悲しすぎて、広すぎて。

一人でいることが怖い…。

「おかしいわ……」

"怖い"なんて感情。
もうとっくの昔に捨ててしまったと思っていたのに。

所詮私もまた人間。どれだけ闇に近付こうと、人の心は残ったまま。
闇を、独りを怖がるのは仕方がない。人の性(さが)なのだから。

そのときふわりと自分の髪が動いたことに気付いた。それは空気が流れたからによるものであり、見えない幽霊が動かしたわけではない。

白く輝くドレスの裾がふわっと揺れる。複雑なつくりのドレスを身に纏ったその人は、足音も立てずに歩いてきた。

「レリアちゃん…。ごめんなさいね、しばらく来れなくて。色々と事情があったものだから」

「お久しぶり、ツェーナ」

優艶に微笑むレリアを前に、ツェーナは床に転がったそれを見下ろした。

「相変わらず容赦はしないのね……まあレリアちゃんに手を出した瞬間にメレイシア様の呪いがかかって死んでしまうくらいなら、鳩尾一発くらって気絶のほうが可愛いものね」

「ふふふ、呪いなんて…、クーにはかからないじゃない」

「ロアル様のところのお坊ちゃん?あの子は別よ。メレイシア様がロアル様の大事にしている子を殺させると思う?」

妖しげに笑うツェーナは微笑むとレリアの座っている椅子の近くまで来た。そしてふわりと浮くと、まるで座っているかのような体勢をとる。

彼女は神だから、人のようにモノに左右されない。彼女にして見れば空気すら自分のしたいように扱うことが可能だ。

「でも意外。まさか二人が子供を欲しがるなんて思わなかったもの。一線越えただけじゃ満足出来ない?」

「……ここに残っているのはあと一年だけ。他にあの人に残してあげられるものがないんだもの……」

「何も残す必要なんてないわ。綺麗さっぱり、別れて忘れてしまうのが素敵な恋の仕方」

「神様の理屈だわ。人の恋はそんなに簡単じゃないの」

神様にはきっと分からないだろうけれど。
自分の命より大切だと思い、愛した人を。

そう簡単に忘れられるはずが、ないのだ。