メレイシアはただただ驚いていた。

こんな幼子が死を望む。自分は人の不幸を司る神だが、それでも驚いたのだ。

愛情に飢えている訳ではない。この娘は愛情など欲しいと思っていない。
むしろ何も欲しがっていない。ただ今の生活から逃れる術が欲しいのだ。


『逃げたら即刻食らってやったものを』

「逃げれば良かったの?」

淡白な視線しか返さない幼子を女神はじっと見つめた。

『この世は嫌いか?』

「嫌い……だって私の居場所は何処にもないもの」


揺れる瞳は蜜を溜めたような蜂蜜の色。それがメレイシアの興味を引く。


『ならばそなたに居場所を与えよう』

信じられない言葉にレリアは目を見開く。女神は微笑んでいた。

『そなたのいない母の代わりになってやろう。人の世界で忌み嫌われる私と、世界から不必要と言われた娘。良い仲間ではないか?』


にこっと笑った女神は、人が言うほど怖くもなかった。


『本当は逃げたら食い殺してやろうと思っていたのだがな。初めて逃げなかったこと、そして私と同等の話をするだけの度胸。気に入ったぞ、娘』


レリアは言われて気付いた。私はいつのまにか女神メレイシアと普通に話していた。

それはレリアの顔を蒼白にさせるには十分だった。


「ごっ、ごめんなさい!私…私……っ」

『愚かな娘。謝る必要などない。これからそなたは私の娘だ。娘、そなたの名は?』


優しく見下ろす彼女の銀の瞳は本当の母親のようで。
レリアは気恥ずかしくなった。


「レリア…」

『それはそなたを拾った者のつけた名だな。ならば私はそなたをレーアと呼ぼう。私の愛しい娘』


頭を撫でられ、レリアは笑った。

「おかあさん…?」

『ふふふ…何とも複雑だな。人の親とはこんなものなのか?』

微笑を浮かべたメレイシアはそっと踵を返した。

『ついて参れ。家に案内しよう』

滑るように歩いていく彼女。その背中を追うことに、私は迷いの欠片もなかった。