「交通、事故…?」
真琴は確かめるようにゆっくりと、その女性に問い掛けていた。
真琴と向かい合う女性…博士の母親、瑠璃は小さく頷くと、その時の事を話し始めた。
『言い伝え』から一夜明けた朝、真琴は真実を知るために深沢の家を訪れていた。
突然に息子を尋ねてきた少女に、瑠璃は戸惑いを見せたが、真琴の真剣な眼差に何かを察すると、家の中に招き入れた。
真琴の予感した通り、深沢は真琴が引っ越した2年前の夏の日、自転車に乗っている所をトラックと衝突して他界していた。
記憶をたどりながら話す瑠璃の心情を察し、真琴は心が締め付けられそうになるが、瑠璃はそんな真琴に優しく微笑むと『気にしないでほしい』と言った。二度の夏を越した事で一つの区切りがつき、息子の死を現実として受け止められるようなったのだと、気丈に笑って見せる。
そんな瑠璃を見て、昨夜の事を話すべきかどうか真琴は悩んだが、結局自分の胸の中だけにとどめておく事に決めた。
帰り際、わざわざ息子を訪ねてくれた事に瑠璃が礼を言うと、真琴はここに来たもう一つの目的を思い出す。
「あの…」
真琴はジーンズのポケットの中に手を入れると、深沢のタイメックスを取り出そうとした。
深沢が残した腕時計…これはやはり母親に返すべきでは…と思っていたから。
真琴が瑠璃にその話を切り出そうとしたその時、不意に懐かしい声が聞こえた…
「え…?」
真琴は虚をつかれたように動きを止める。
耳を澄ましてもう一度その声を聞こうとするが、もう声は聞こえなかった。
急に虚ろになった真琴を心配し、瑠璃が真琴の顔を覗き込む。
真琴は我にかえると、慌てて頭を振って笑顔を作る。
「あ、いえ…何でもありません…」
真琴はポケットから手を出すと、瑠璃に小さく頭を下げた。
「それじゃあ、また」
「ありがとう…あの子もきっと喜んでるわ」
瑠璃の優しい笑顔に見送られ、真琴は深沢の家を後にした。