一瞬、いま降りてきた道をまたあがっていきたくなったけれど、それはやめた。

正婆にたいしては、‘ここらへん’の連中なら、ガキのときから畏敬の念をいだいてきている。

なにかを差し入れるんならまだしも、むかしの話をききたいなんて、のこのこあがってはいけない。

それこそ、薬師んちみたいに、嫌われたら、イワクラだってできなくなる。

「食ってけばいいじゃんよ」

親父の、プジョーのマウンテンバイクを黙って眺めていると、後ろから佐藤に蹴られた。

「いってえな」

「とんかつだってよ。お袋はりきってるから、食ってってくれよ」

佐藤は親父に、こないだはどうも、なんて頭もちゃんとさげる。

ほんと、この子がアホだから、淳くんにも三下さんにも迷惑かけてねええ、ほんとに野球しかしないで、阿呆だからねえ。

佐藤の母さんは、いつのまに着替えたのか、綺麗な色のワンピース姿で玄関に出てきた。

さっきジュースを持ってきてくれたときは、つなぎの作業服だったのに。

「おやじ、隣町と会合でさ。遅いんだ」

そういうことね。

俺はしぶしぶ、OKとうなずく。

親父はにたにたした顔のまま、えらいなあ、洋ちゃんはいっつも先頭きって新しいことさ、挑戦するもんねえ、なんていってる。

なんだかな、とまだつたっている俺を、佐藤が、ちょっとちょっと、と呼ぶ。

「見せたいもんあったんだわ。忘れてた」

山の端にむかってのびる畑につづく道を、納屋のほうに、こっちこっちと手招きしている。