母さんがよく歌っていた歌が耳の奥から聞こえてきた。

俺がぐずって泣くと、背負って外を歩いては、決まってこの歌を歌ってくれた。

メコンのマコイは自分の命にかえても手に入れたいほど惚れた女に贈る。

だから、精と魂をこめて、男は必死で小さな刀の鞘に飾りを彫り付ける。

細かく美しい細工のメコンマコイを持つ女は、それを彫りきるほど強い心を持った男から想われているという証だ。

だから、男は、なんども指を切り、鞘を血に染めながらも彫りきろうろ懸命になる。

むかしは、その傷から雑菌が入ってほんとうに命を落としたものもいたそうだ。

命をかけて彫ったそのメコンのマコイも、想う相手の女が受け取ってくれなければ、そこまでだ。

ただ、受け取ってくれたときには、それはもう永遠の契りだ。

カムイ・モシリ、アイヌ・モシリ、そしてもう一つの世界にふれわたる絶対の縁だ。

もし、間違いがあって、女がほかの男に襲われたなら、そのときこそ、メコンのマコイは本来の力を発揮するのだけれど。

母さんはそういって、小さな俺に、いつもベルトにつけて歩いているメコンのマコイをみせてくれるのが常だった。

父さんは、それを15のときに彫って贈ってくれたからねえ。

果物ナイフくらいの大きさの小刀。

そこにびっしりと彫られた、モシリ、美しいつがいの鹿、たわわに実るぶどう、川をゆくつがいの鮭、空をいくつがいのふくろう。

綺麗でしょう?

俺がじっとみつめていると、母さんは必ずそうきいた。

そして、俺が、うん、すげえきれい、と答えると、ものすごく嬉しそうに笑った。

5年前、母さんといっしょに、メコンのマコイもいってしまったのだけれど。