「こんちには? はじめましてかしら?」

その人は紺色の帽子をとって挨拶した。

知らない顔。いや、知っている顔。

だって、埴輪だ。

母さんの顔だ。

職員玄関を出たところ、車寄せの小さなベンチにその人はいた。

車寄せで待ってるわ、と安田にいわれて、なんで?と首をひねりながら、とりあえず急いできた俺と舞に、その人は、こういうものです、といの一番に名刺をくれた。

「ライター? ノンフィクションの」

「ええ。旅行とかの。本も出てるの。あんまり売れてないけど」

舞が名刺の薄紫の印字を読んで、そのまま口にだすと、埴輪さんは、ほんのすこし口もとをゆるめていった。

舞は不気味そうに俺をみたけれど、俺にはわかった。

埴輪の口がうごくということは、かなり強い照れ笑いをしているということだ。

母さんがそうだった。

「それで、今回は三下くんのお父様の整骨院を取材させていただこうと思っているんです」

「もしかして、この間、夜の診療にきた人?」

「ええ、あのときは失礼しました」

あの夜、イナウを削っていたら聞こえてきた、長くひっぱる嗚咽のような声を俺を思い出していた。

埴輪の声だったのか。

舞が、俺の袖をひっぱる。