「やってない」

俺は佐藤を面倒くさ気に見返す。

さっさと書いてしまおうと用意した、プリント用の原版をひろげながら。

「どこまでいった? Bとか」

「だから、やってないって」

「Cはないよな。じゃあ、Aだ」

イワクニのお知らせ、と書いたつもりが、カラクリのお知らせになってしまった。

いい加減にしろ、と顔をあげたら、窓からユーカラの風がはいってきた。

野球部が昼の休みも惜しんで、グランドで練習する声もいっしょにはいってくる。

「みんな必死じゃん。いいのか、キャプテンがこんなとこで、Aだの、Bだのいってて」

いつもより、わずかにゆるい感じのする風に頭をひねりながら、俺はいう。

「OK,Aだな。間違いない」

佐藤は鬼の首でもとったかのように勢いよく立ち上がると、じゃ、白川によろしく、メコンノイ、うまくできたら教えてくれよ、と言い放って出ていった。

「なにがAだよ。いったいいつの時代だよ」

ぶつぶついいながらも、たぶん、俺の顔はにやけている。

にやけながら書く、イワクラお知らせのプリントが正しいものなのかはわからないけれど、佐藤の勘のよさは、侮れない、と思った。

いいじゃないか、べつに。

‘ここらへん’じゃない、女子を気に入ったって。

おまえだって、隣町のやつとデートしてるって噂じゃん。

文句をいいながら書いた原版は、バランスはすこし悪かったけれど、とりあえずは完成した。

イワクラをやるのは半年ぶりくらいだ。