親父がこのごろ、右肩が痛いと愚痴っている。

正婆がちゃんとわかっているわけだ。

じゃあ、俺なんて、別に声にだしてなにかいう必要なんてないよな、と反省し始めたとき、外で犬のなく声がした。

「アイが帰ってきたな」

正婆は立ちあがって、居間の小窓をあけにいく。

三重構造になっているガラスが開くと、猫みたいに小さな犬がひょいっと飛び込んできた。

数少ない純潔の民族の犬だ。

「おまえ、遅いぞ。うまい牛はもう婆の腹の中だ」

正婆はげらげら笑って痩せた腹をたたいた。

アイはそんなもんもういっぱい食ったわ、という顔で、俺の横に座る。

「ひさしぶりだね。アイ」

狐そっくりの細い顔。短い毛。短いしっぽ。

いまテレビや雑誌で流行りのフレンチブルドッグ。

あれを細く、狐顔にしたら、アイになる。

アイの体を、じいちゃんが俺にしてくれたように、顔から体からぐしゃぐしゃになでまわしてやっていると、正婆がやっと透明のコップに緑の液体を注いでくれた。

ノヤの茶だ。

これは俺たちにとって万能の、救いの薬だ。

ほかの町では、ヨモギ、と呼んで餅なんかをつくるらしい。

「いただきます」

俺はアイをなでまわしながら、片手で拝んでぐいっと飲み干した。