正婆の家は、民族の伝統を守る家だ。

玄関からすぐの居間に入ると、真ん中にどんとある囲炉裏に目を奪われる。

天井の煙逃がしは、スイッチで開閉できるハッチ式になっているけれど、高く組みあげられた支柱にはむかしからの呪文や祝詞の文様が細かく刻みこまれている。

囲炉裏のまわりには藁で編まれた丸い座布団がしかれ、囲炉裏の中には鉄瓶がある。

支柱からはいくつもの、魚や果物、薬草などの干し物がぶらさがっている。

「メコンノマイ、作るんじゃろ」

俺に前に透明のコップを置き、自分には囲炉裏にたてかけてあった茶色い皿を出してから、正婆が嬉しそうにいう。

今夜は俺のもってきたシュチュウを食べるみたいだ。

囲炉裏からちょっと離れたところにある、これもでかい冷蔵庫にはたぶんかなりの量の食べ物がはいっている。

今日もってこれたものの少なくないはずだ。

一人暮らしの老人にご飯を届けるのは、‘ここらへん’の風習だけれど、トゥークである正婆のところにはものすごい数が集まってくる。

それを、正婆は老人会の集まりなんかにもっていって分けたりするのだ。

正婆のところに取りに来る老人も多い。

たとえそれが‘ここらへん’の人間ではなくても、正婆は喜んで分け合う。

「そんじょそこらのもんじゃない、ここ長い間、誰も作れんかったくらいの見事な細工のを送りたいんじゃろ」

俺は、うん、とうなずく。

正婆の前でかっこうつけたって駄目だ。

かっこうつけるほど、かっこう悪くなる。