「ふざけてない」

舞はぷうっと頬をふくらます。

さっきバス停で見た、女が舞の頬をたたく映像を思い出してしまう。

「じゃあ、嘘とかいわないで、説明しろよ」

淡いピンク色のベッドカバーの上に、何気なく腰をおろして俺は、薄汚れて灰色になっているが、たぶん白熊だったのだろうぬいぐるみの熊の、半分欠けた黒ボタンの目をみつめてみる。

ボタン。

口につっこんでいた。

「ごめん。ちょっと恥ずかしくなっちゃって」

いまさら、という感じで舞は、へへへ、という。

すっとんと、すぐ隣に腰をかける。

「歩くのも泣くのも、ある意味では本当。夢の中ではってことだけど。ほとんど毎晩出てきて歩くわけ、泣くわけ。なんの脈絡もない内容の夢で」

舞の手が左の腿にぶつかるのを、ちょっと体をそらして避けてから、俺は、それってさ、と口をひらく。

「たぶん、現実だよ。だってさ」

「ここだって、‘ここらへん’だからね」

「そういうこと」

舞は熊の欠けた目をじっとみつめて、おまえ、どうしたいの? ときく。

もちろん熊は答えない。

俺は、両手をひろげて熊の顔にゆっくり近づけてみる。

動、の気を感じるかどうか試すんだ。