ボタンだ。

黒い平べったいボタン。

スーツとかのボタンだ、だぶん。

「だから、あたしの記憶の中のママっていうのはいつも病院の中なの」

舞はふっと口をつぐんだ。

小さな女の子をつれた若いお母さんがバス停にやってきたからだ。

女の子が、見る、見る、とせがむのでバスの時刻表のところまで、お母さんが抱きかかえあげている。

きゃっ、きゃっ、と面白がる女の子を舞は薄く笑いながら眺めている。

バスが路地むこうに姿をあらわした。

俺は、ほら、と舞におしえる。

瞼の映像はまだある。

ぼやけながらも、ほんとうに見えているものの上三分の一に透けてかぶさるように、ある。

ここまでよく出てくることこそ、俺が遠出していることの問題点なのかも、といぶかりながら、俺はポケットから二百円出して舞に渡した。

「バスきた!」

歓声があがって、女の子がぱっと若いお母さんの腕から飛び降りた。

お母さんのバランスがくずれる。

よろけた脚に女の子がぶつかって、はじかれる。

道路に。

「危ない」

飛び出したのは舞だった。