「違うな」

ただの事故だよ、と駄目押ししようとしていたら、正婆にさえぎられた。

正婆は細い金縁の眼鏡の奥の、灰色がかった目でじっと外の橋の方向をにらみつけている。

何か見えてるのかな?

俺は、ちらっと舞をみる。

ここで、正婆のことを説明していいものかどうか、数秒考える。

正婆は気難しくて有名だ。

山の端の隅の、人家のほとんどないあたりに一人で住んでいる。

3年前に一人息子が事故で死んでからは、ほとんど外にでてこなくなった。

家にこもって、正婆のトゥクの力を借りにくる人たちの相手をしている。

‘ここらへん’は、老人、とくに一人暮らしの老人には細心の注意を払うのが慣わしだから、家々が順番に食べ物や着る物をもっていくので、暮らしに困ることはないのだけれど。

雑誌の取材の連中があまりに失望しているときは、正婆を紹介することがけっこうあるし。

「それは、なんだ?」

じっと向こうをむいていた正婆が、ふいに舞を振り返った。

「しっ、しっ、白川舞です。半月前に神居中に転校してきました」

びびりまくってどもる舞の気持ちはよくわかる。

正婆にはトゥク特有の迫力があるから。

正婆は黙ったまま舞のことを下から上、上から下となめるように眺めた。

外の橋での騒ぎはどんどん大きくなっているようだ。

パトカーのサイレンと救急車のサイレンまで聞こえてくる。