「ほんとうに佐藤の言ったとおりなのかな?」

汚れたタオルを籠にまとめ、みんなのために出したパイプ椅子を片しながら俺はきく。

親父は薬棚に消毒液と脱脂綿をしまい、診療用の椅子を机前にもどして、だろうな、と答えた。

「佐藤んとこの三男坊がそういうんだから、そうなんだろう」

佐藤の両親は農業を営んでいる。

ずいぶんと昔から無農薬の野菜をつくっている、知る人ぞ知る、全国的に有名な農家だ。

親父さんは上に馬鹿がつくくらい真面目な人で、これもまた有名だ。

「でもうまくいったじゃないか。心配することなんてないだろう」

親父はいたって明るい。

俺がはじめてオブザーバーとしてついたオプニカのハプニングで落ち込んでるからだ。

母ちゃんがいなくなったときも、親父はやたらと明るかった。

躁状態みたいだった。

痛々しくってこっちはもっと落ち込みそうなほどに。

「五年前にさ、腕なくなったよね、読書部の女子の。で、そのオプニカの後のイヨマンテで母ちゃん、いなくなったんだよね」

親父はもう俺を見ない。

もちろん答えてもくれない。

ただ、せっせと診療室の片付けを続け、終わったところから、スタンドライトの明かりを消し始める。

「邪のせいだって、みんないってたよね。あのオプニカの後、腕をなくした女子がいなくなってから」

一番窓側の金色のスタンドの明かりが消えた。

「今回も邪だったのかな?なら、佐藤の傷程度でも冬の祭りのときには誰かいなくなるのかな?」

部屋中央の銀色のスタンドの明かりが消えた。

「誰がいなくなるのかな? 父さん」

最後のスイッチを親父の指が、もどかしそうちゃらちゃら鳴らす。

「邪は、舞なのかな?」
 
「子供は早く寝ろ」

入り口すぐの木のスタンドの明かりが消えて、ドアがぱたりと閉まった。

俺は外に、親父は内に。

そのとき、あっと思い出したんだ。

昨日の夜、聞こえてきた悲鳴のような声を。

目の前のドアのむこうから、確かに響いてきていた長く高い音を。

「父さん」

中で、蜜蝋のこげる音がした。