誉めてくれるように、ユーカリの風が一陣となって通りすぎた。




母ちゃんがいなくなった前のオプニカで、アンパ役の女子が片腕をなくした。

命にはかかわらなかったけれど、その女子は精神的な苦痛を深く負って、‘ここらへん’からいなくなってしまった。

基本的に、俺たちは、‘ここらへん’から長く離れていることはできない。

どうしても外に出るのが必要なときには、山か川のチャシ近くの小石をもっていく。

この市の中ならば、それで丸二日は持つ。

この市も含む盆地の中ならば、一日半。

西にある大きな都市にいくのなら一日。

なくなれば死ぬということじゃあない。

ただ弱ってくる。

‘ここらへん’の空気と水から、匂いから離れて長くいると確実に免疫が下がってくる。

もちろん、個人差はあるし、時折は例外だってある。

でも、それでもやはり、俺たちにとって、‘ここらへん’から出ることは、自殺行為に限りなく近いとされているんだ。

その女子が、出ていった後にどうなったのかはしらない。

ただ、彼女が出ていったあと、‘ここらへん’はひどく混乱した。

とくに女子連中が異常に乱れた。

母ちゃんはそれに巻き込まれてしまったんだと思う。

自分にも、他人にも厳しいじいちゃんが、

「淳ぼう、おまえの母ちゃんくらい、恐ろしく切れる女はおらんぞ」

となにかにつけて誉めた、母ちゃん。

その、恐ろしいまでの勘の冴えゆえに、いなくなった。

すべての邪を清める祭りで。

まるで祭りの‘神送り’につれていかれたみたいに。

じっさいに送られたのは、丸々と太った、小熊だったのに。