俺はほっとする。

傷は命にかかわるような傷ではないみたいだ。

みんな、水の塊たちの動きに注目している。

佐藤の叫び声に一瞬ひるだように、ぴたりと動かなくなった水の塊たちだったけれど、いまはもう警戒を解いたのか、わずかに動きだしてきている。

でも、ほんとうにすこしだ。

雨が消える前の100分の一くらいの動き。

佐藤が叫ぶ前の10分の一くらいの動き。

あまりに遅い。

これじゃ、みんなが倒れても山のチャシにはたどり着かないだろう。

どうする?

虚し気に踊りまくるみんなの後方で、俺は必死に考えた。

助けをよぶか? 文芸部の連中の。

あいつらだって、雨がすぐにあがって雲が消えたのをみているはずだ。なんだか、変だぞ、と気がついてくれているはずだ。

仕方ない。緊急事態だ。鈴井に飛ばそう、と覚悟を決めたとき、一行のほうから、動揺する空気がおしよせてきた。

ふと視線を移して、驚いた。

水の塊たちが勢いよく動きだしたのだ。

5人の足元をくぐりぬけるように、ものすごい速さで山の端の道をあがっていく。

雨が止む前の倍の速度はある。

驚きのあまり、ぼんやりと眺めていた5人は、あわててイナウを振り、走っていく。

でも間に合わない。

水の塊たちはどんどんといってしまう。

山のチャシへの、木々の間の小道の上をまさに流れるごとく、さらさらと上っていく。

まるで命を吹き返した血気盛んな若者みたいに。

そこで、あ、と思った。

佐藤の血だ。

佐藤の切れた耳から流れ落ちた血が、水の塊たちに混じったんだ。