降り注ぐ水が消えてしまうと、邪は入りこみやすくなる。

とにかく一刻も早く、水の塊たちを山のチャシに連れていかなくてはならない。

「シッコロ・カムイ。シッコロ・カムイ」

小森、桜井、田口、山中も佐藤にならって決死の形相で踊り、叫びだした。

まるで何十万もの蚊の大群と戦うアマゾンの住民のようだ。

その足元で、もうほとんど動くことのできなくなっていた水の塊たちが、なんとか山の端をあがっていこうともがいている。

もともと、俺たちがこんなことをしなくても、水の塊たちはこうして自力であがっていくものなんだ。

すくなくとも、‘ここらへん’以外の世界では。

気がつかれないうちに、川をあがって、山に帰っていっているんだ。邪に入りこまれ、食われたりしながらも、逃れたいくつかは、確実になんに助けもなしに帰っていっているんだ。

ここは時間がかかってもしょうがない。

一行の体力と気力にかけるしかない。

のそり、のそりと蝸牛の歩みでなんとか進みだした水の塊たちをみて、たぶん、誰もがそう感じていたときだった。

「ぎゃあー」

鋭い叫び声があたりをつんざいた。

佐藤だった。

すぐ後ろにいた小森が驚いて後ずさる。

田口と山中がイナウをふりあげていた両手をだらりと垂らし、桜井が、信じられない、という顔でおれを振り返った。

ツーパが切っていた。

佐藤の耳、右の耳を。

あっという間だった。誰もとめられなかった。もちろん佐藤自身も。

おれはとっさにひとさし指を口におしあてた。

声だけはだすな。絶対に。

みんな一斉にうなずく。

耳を半分近くも切られ、血をぼたぼたと流している佐藤でさえ、苦しそうに歪めた顔で了解する。