「ひっ」

 舞が小さく叫んだ。

 始まった。

 川からあがって来た。

 チャシにむかってあがってくる。

 重力ってあるんでしたよね、と思わずつっこみたくなるような情景。

 川から、まさに、跳ねる、という言葉がぴったりの動きで、ぴょんぴょんと飛び出してくる。

 そして、ぴょんぴょん、跳ねて、堤防をあがってくる。

 水の塊。

 ちょっと見、猫の頭のようだったり、鳥の羽のようだったり、犬の尻尾のようだったりするのだけれど、俺たちの目にうつるそれらは、ただのイメージだ。

 こいつらはなにかの一部だったもので、ただ帰るべきところに帰りたいだけなんだ。

 だから、あんなにも必死に、重力やその他もろもろのことに逆らって、堤防を上ってくるんだ。

 そして、俺たちはその手助けをすればいいんだ。

 水の塊が上がりだしてのを確認すると、佐藤以外の連中はチャシを囲んで円陣を組んだ。

 イナウは振り続けたまま、今度は小さく口を動かしはじめる。

 でもそれは佐藤と同じ言葉じゃない。

 佐藤を守るための言葉だ。

 舞の、俺の手を握るのに、力が入ってくる。

 俺はもう片方の手を舞いの首筋にゆるくあてる。

 本当ならイナウを使ってしたかったことだ。

 でも、これでも、舞に、大丈夫だ、俺が守るから、と強く伝えることはできる。

 舞は小さくうなずいた。

 桃色の耳たぶがひっきりなしに震えてはいたけれど。