イヨマンテは大きな儀式だ。

人の国に遊びにきていた神を、神の国に送り返す儀式。

山の中でとらえた熊の赤ちゃんを育て、一年ほどだったところで、殺す。

山の中でとらえた熊の赤ちゃんには神が宿っていて、それを持ち帰り、手厚くもてなした後に、立派な儀式を行い、たくさんのお土産も持たせて、神の国に送っり返してさしあげるというのが、基本的なコンセプトだ。

だいたいは2月あたりの寒い時期に行われ、それは、食料の乏しい季節に、一年たっぷり食べさせて肥えた小熊を潰すことで、貴重なたんぱく質を確保するという意図もあったらしい。

いまは、正婆のいうとおり、邪を放ち、溜まりを清める目的で行う。

だから、小熊を殺すことなんてまずないし、たいだいは小熊を模した張りぼてで代用する。

重要なのはイナウの質とか本数とかで、正婆がそれをならべた祭壇を見て、文化の伝承が間違いなく続いているかを確認するからだ。

儀式は太陽が西に傾いてからすこしたってから始まり、太陽が西に消えてしまうまでには終わる。

参加できるのは、‘ここらへん’に住む人に限られるけれど、早い時期に役場に申請しておけば観光客でも見学することができる。



「でも、たぶん、今回のには観光客の見学はいないと思う。数ヶ月前にきまったイヨマンテだし、5年前のみたいに本物の小熊をつかったりしないし」

「5年まえは本物の小熊を殺したの?」

舞は、そういって、大きな目でじっと俺の顔をのぞきこむ。

俺たちは山の端の、集落からは離れている側を歩いている。

ちょうど30分前に、舞を迎えにいった。

舞は、白いトレンチタイプのコートに白いニット帽をかむって出てきて、玄関に用意してあった白いブーツをはいた。

真っ白で雪ん子みたいだ、といったら、雪女っていってよ、と白い歯をみせて笑った。

あんまり冷えないうちに帰ってきなさい、と見送る親父さんに手を振って、俺たちはてくてくと歩いてここまでやってきたんだ。