親父は、してやられた、という感じで笑った。

「でも、あれはくずだったぞ」

「くずでもきれいだった。俺、しょんべんちびるかと思うくらい感動したもの」

「なんだか、おまえ、この頃、表現に品がないぞ」

親父はぶつぶついいながらも、なにかをしきりに計算しているような顔になった。

ギリシア彫刻張りに整った口元をへの字に結んで、考えこんでいる。

親父はよく、整骨院の経営が赤字になりそうな月末は、こういう顔をしているんだ。

「明日、薬師んことにききにいってこよう」

突然、ぼそりといった。

俺は驚く。

「薬師って、あの国語の教師の薬師?」

「違う、違う。隣町の薬屋の薬師だ。国語の教師の従兄弟の」

「母さんの親友のだんな?」

親父はきょとんとした顔をしたけれど、すぐに、そうだ、とうなずいた。

「あいつはむかし宝石もやっててな。けっこう顔がきくんだ」

そういうなり親父は、じゃ、今晩も頑張って彫れよ、と言い捨てて、さっさと出かけていった。

ここ数週間は、仕事後はきまって寄り合いなんだ。

大人たちはちゃくちゃくと、‘ここらへん’で一番重要な儀式、イヨマンテの準備を進めてきたのだった。

たぶん、その席では、舞の話も出ているんだろうけれど、親父は俺の前では一切口にしない。

佐藤も木崎もあの夜の約束通り、まったくいわない。