俺たちは数秒間、顔をじっくりと見合わせた。

そして、呼吸をあわせていった。

「正婆だ」

実際、俺は、上手に三等分できたお茶を衝動的に流しに捨てたくなったくらいだ。

怖くて怖くてたまらなくなったから。

正婆のトゥークの力が。

舞がイヨマンテで送られるという嘘みたいな話が、ものすごいリアリティーでもって襲いかかってきたからだ。

みんなもう言うことがなくなっていた。

つけっぱなしのテレビの音だけが居間にむなしく響き渡っている。

どれくらいしんみりと黙りこくっていたのだろう、佐藤がふっと立ち上がって、テレビ台の横にしつらえた削り台のところに進んでいった。

「けっこううまいじゃん」

台に固定されたままの、メコンノマコイを指でつついていう。

「これ、ふくろう? あかちゃんふくろうもいるのか? へえ、かわいいなあ」

ぐっと目を近づけて、まだ鉛筆で書いた線の状態の図柄を見て誉める。

「どれどれ」

木崎も腰をあげた。

「へへえええ。これは細かいねえ。背景は何? 森?」

佐藤の脇から覗き込んで、眼鏡越しに良く観察してくれている。

「雪。雪降ってるのを、彫りこみたいって思って」

「はああ、雪かあ。それはいいねえ」

二人とも感心したような、でも、ちょっと羨ましそうな顔をした。