黒板の上にある時計は、すでに4時をさしている。

教室には俺と舞だけだ。

たぶん学校の中にも生徒はもういない。

職員室に戸締りをする先生たちが二、三人いるくらいだろう。

いつもなら部活の連中の練習の掛け声がグランドに響き渡っている時間なのに。

静かだ。

舞がおびえたように俺をみる。

俺は鞄からおもむろにイナウを取り出して舞の目の前でふってみせた。

頑張れ、頑張れ、舞。

応援団のぼんぼんみたいに。

舞はくすっと笑った。

俺たちは寄り添って学校を出た。

「あたしもお風呂入ったほうがいのかな?」

役場までの帰り道で、舞は俺にそうきいた。

山の気配と川の気配が、すべてをのみこんでいる午後。

年に三度行われるオプニカのために、着々と準備を整えている‘ここらへん’。

今日はユーカラの風がふいてくることはない。

なにもみなに教える必要なんて、気がつかせる必要なんてないからだ。

誰もがわかっているからだ。

俺は小さく深呼吸して、舞のほうをむいた。

「必要ないよ。俺たちは後ろのほうで見てるだけなんだから」

「でも、携帯カメラとかは駄目なんだよね」

「当然」

「東京の友達に送ったら自慢できそうなのに」

「そういう自慢はくだらないよ」

 舞は、こっくりうなずいて、そうだよね、とつぶやく。

 茶色い髪の間からにょきっと出た耳が、桃色に染まっている。

 ものすごく、桃が食べたくなる。

 俺は、やっぱりちょっとだけ風呂に入ろうと思って、足早になった。

 「待って」

 舞があわてておっかけてくる。

 オプニカまであと二時間半だ。