「娘は腕を失い、それが原因で精神を病み、やがていなくなった。母親はそれを悲しみながら病に倒れて逝ってしまい、薬師の従兄弟は‘ここらへん’を離れる。でも、離れきれなくて、隣町の、外の橋のたもとで、薬局を細々とつづけることになった、っていう話だよな」

「そう聞いてるけどね」

木崎は蕎麦を一本一本箸で丁寧によりわけながら、うなずく。

「おれもだいたいおんなじだ」

佐藤が勢いよく、ざるの半分近くの蕎麦を口にかきいれて、いう。

つい10分前、玄関の鐘が鳴った。

しぶしぶ彫刻刀をおいて出てみると、佐藤と木崎がたっていた。

木崎は手にした岡持ちをちょっとかかげて、差し入れ、とぎこちなく笑った。

二人は俺のことを心配して、わざわざやってきてくれたんだ。

「でも、そのライターの人、湯本さんは、彼女が自分で自分の腕を切って捨てたっていったんだろう?」

よりわけた蕎麦をきっちり5本づつ、つゆにつけて、するするとすすりながら木崎はきく。

「湯本さん自身がカウンセリングしたっていうんだから、嘘じゃないと思うけど」

俺は、木崎のお袋さんが特別に揚げていれてくれた、ノヤの天婦羅をばりばりと食べきってから答える。

重い気分がすっと晴れたような気分になる。

ノヤはいつも俺たちに元気をくれる。

「邪、とかいうよりさ、それって、単にヒステリーの発作とかじゃねえの」

あっという間に食べ終わった佐藤は、ようやく半分ほど減った木崎のざるを羨ましそうに眺めていう。

俺は二人がきてくれたことがたまらなく嬉しく思えてきて、おもわず佐藤の空のざるに自分のざるから蕎麦を半分、分けてしまった。