役場の林さんは、いやあ、すみませんねえ、と三回いった。

一回目は、俺が、朝一番で提出するのが遅れてしまったことを詫びて、実行書の入った封筒を手渡したとき。

二回目は、わざわざ電話までくれて、と俺が重ねて詫びたとき。

三回目は、林さんが実行書に目を通し終わったとき、だった。

役場の中はひんやりとしていた。

建物が大きな木々に取り囲まれているので、どんなときにきても、だいたいひんやりとしている。

役場の人たちはそのひんやりとした建物の中で、まるで冬眠でもしているかのように、ひっそりと仕事をしている。

ほかのところでは大酒のみだったり、ところかまわず歌いまくったりする顔なじみの大人たちでさえ、なにかに魂を抜きとられたように大人しくて静かだ。

林さんは、ときどき親父と木崎んとこで焼酎を飲んでは踊りまくるときのメンバーの一人だ。

俺は、ご苦労様でした、と頭をさげる林さんの肩ごしに舞の親父さんを探した。

窓側の、一番奥の席でなにやらPCを一心にみている。

あそこの席なら電波もなんとかはいってくるんだろう。

親父さんは俺には気がつかないふうだった。

ほかの人たちもそうだったけれど。

役場は‘ここらへん’では、ものすごく特殊な場所だからだ。

‘ここらへん’の中の外。

役場のすぐ近くの家に住む舞にはじゅうぶんに、‘ここらへん’の水と空気がいきわたらなかったのかもしれない。

俺はそんなことをぼんやり考えながら、林さんに送られて役場を後にした。