「正婆は籠もったよ」

生徒会室のガラス戸を閉めるなり、佐藤はそういった。

「なんで?」

昨日、舞が清書してくれた実行書の文章をワープロから起こそうとしていた俺は、自分でもいやになるくらいでかい声でいった。

佐藤はさも面倒くさいことを話すように、大きなため息をつく。

183センチ、78キロの佐藤の体躯が一瞬、くしゃっと縮んだような感じらるほどに大きなため息。

「イヨマンテのためだよ。恒例だろ」

「そうだけれど、いつもなら三日くらい前からじゃないか。まだ一ヶ月もあるのに」

俺は2年前のイヨマンテのときを思い出しながらいった。

「なんか、特別なんだってさ、今回のは。昨日、親父と二人で籠もりを手伝いにいったよ。突然よばれてけっこう焦った」

佐藤はすこし伸びてきているいがぐり頭を、右手の拳骨でぐりぐりやりながら、話している。

佐藤んちはヒグマ系だから、基本的には小熊を送る祭りであるイヨマンテの運営をまかされることが多い。

トゥークである正婆は力を蓄えるために、イヨマンテの前に数日は家を離れ山のどこか、もっと深いところに籠もるのが慣わしで、それはヒグマ系の家のものが手助けし、しかし、どこに居るかなどの秘密は守られる。

「正婆に聞きたいことあったんだ。メコンノマコイのことも教えて欲しかったし」

俺はかなり惨めな感じでいってみた。

もちろん、こんな演技で佐藤が正婆のいるところを教えてくれるわけがないのはわかっていたけれど。

佐藤は、机の上のバーナーの炎をつけたり消したりしている。

もう頭ぐりぐりは終わったらしい。