「もの凄く混乱してる」

ユーカラの風に吹かれたかった。

親父と木を探しにいったときに、竜巻のように吹き上げた、あれくらいのユーカラの風がいまこそ欲しかった。

ーでも、あれは、溜まりの場から湧いてきてたぞー

耳の奥で誰かの声がうすく響いた。

誰? じいちゃん?

両手を耳に押し当てた。

いま聞いた声を外に出したくなかったからだ。

安田がちょっと変な顔をしたが、別に注意はしなかった。

延々と退屈な数式の証明がつづく時間中、俺はずっと耳をふさいでいた。

耳をふさぎながら、自分に訪れた混乱の原因を必死に分析していたんだ。

そうして落ち着こうとしていたんだ。



「頭、痛いの?」

授業終了の鐘が鳴ったとたん、舞が走りよってきて俺の顔をのぞきこんだ。

いつもと同じ舞の大きな目。

いつもと同じ桃の匂いの髪。

いつもと同じきちっとしまった強い体。

俺は、やっぱり、安心した。

本当のことはなにも言わずに、風邪かな、とだけ答えられた。