でも、耳にきこえさせるんじゃない、頭に思念で飛ばすんだ。

耳に声として届けるなんて、たぶん、俺には難しすぎてできない。

「佐藤!」

なんだか怖くなってきて俺はさっきよりも大きな声で叫んだ。

周りの木々の中で、一番立派な白樺の枝がほんのすこしだけ揺れた。

でもそれだけだった。

あとはなにも聞こえなかったし、起こらなかった。

正婆の家はあいかわらず、しんと静かなままだ。

その佇まいは、昨日の木崎の話から、俺が始めて正婆の家につれてこられた日までを、走馬灯のように俺の頭のなかに次々とよみがえらせていく。

舞を誉めた正婆、シチュウを食べている正婆、内の橋のたもとにいる正婆、木崎んとこで好物の狸蕎麦を食べる正婆、ゆっくと山の道を腰をまげてあがっていく正婆、アイと走っているすこし若い正婆、民族の服をぴしっと着た正婆、母さんがいなくなったとき飴をくれた正婆、じいちゃんと笑い転げる正婆、刺青におびえる俺にその由来を辛抱強く話してくれた正婆・・・。

「佐藤!!」

あまりにも沢山の正婆が頭のなかにひしめいて、増えつづけて、それはやっぱり怖くてたまらなくて、俺は叫んだ。

「佐藤!!」

かすかなこだまが返ってくるのを、もしかしたら、佐藤がひょっこり出てきてふざけてるんじゃないかと期待しながら、聞いて、つづけた。

「佐藤!!」

でも、やっぱり佐藤は出てこなかった。

立派な白樺がまたちらっと揺れただけだ。

俺は弾かれたように自転車に飛びのった。

そして一目散に学校へと急いだんだ。