「へえ、舞ちゃんってブラインドタッチできんだ。それはすごいね」

木崎は、さも感心した、というふうに小さな頭を大げさにふってうなづいている。

今晩、俺は天婦羅蕎麦を食べた。

‘ここらへん’で 唯一の蕎麦屋である木崎蕎麦は夜10時までという、‘ここらへん’では最も遅くまで営業している貴重な店だ。

いちおうコンビニもかねている角の酒屋だって、9時半で閉まるのだから。

いまは9時をすぎたばかりだけれど、店には俺と木崎しかいない。

親父と俺がきた8時すぎには3組いた客も8時半にはみんな帰ってしまった。

念願のとろろ蕎麦をたらふく食べた親父は、木崎の親父さんと、イヨマンテの打ち合わせだと佐藤んちにつれだって出かけていったし、木崎の母さんはつい十分ほど前に、じゃあ、信二、あとは頼むね、とさっさとあがっていった。

俺たちは、お袋さんがあがったとたんに木崎が、サービス、と出してきたコーラを飲みながら、あまりものの卵焼きをつついている。

いいのか? まだ営業時間じゃん、というと、いいの、いいの、8時半過ぎてくる客なんてまずいないから、と木崎は笑った。

「じゃ、僕も今度生徒会誌とかの清書頼んじゃおうかな」

「それは職務怠慢でしょう、書記なんだから」

「そうかなあ。じゃあ、書記付の補佐になってもらうとか」

カウンター上のテレビから野球の中継が流れてくる。

反射的に、佐藤元気かなあ、と口からでてきてしまう。

「負けたんだよね。この間の試合」

木崎はぎゅっと顔をしかめた。

野球部は木崎蕎麦の常連なんだ。