「危ないから、子供はさわったら駄目さ」

とりあげられながらも、俺は宝石の目を持つ鹿が他にも何頭かいるのを確かめた。

全長20センチに満たない細長い木製の鞘ぎっしりに彫り込まれた、どこか外国のぶどう園みたいな場所。

その中で楽しそうに遊ぶ、宝石の目の鹿たち。

天国みたいだと思った。

天国をもつ母さんの小刀はすごいと思った。

だから、親父がそれを彫ったときいたときには、ひっくりかえるくらい驚いた。

いくら、じいちゃんが、あの顔ばっかりいい男になにができる、と笑いものにされていた親父への見方が180度変わった。

それくらい衝撃的だった母さんのメコンノマコイ。


「指、切るなよ」

夢中で彫っていたら、親父の声がとんできた。

はっと顔をあげて、テレビの上の時計を見る。

もう8時だ。

帰ってきてから、かれこれ3時間ちかくも彫っていたことになる。

「ごめん。飯、いま用意するから」

慌てて彫刻刀を片付けて立ち上がろうとすると、親父は、いい、いい、と手をふった。

「木崎の蕎麦食いに行かないか。なんだか昼からずっとあそこのとろろ蕎麦が食いたくってな」

俺は、うん、ともちろん元気よく答える。

親父は、作業台の上をちらっとみてから、すぐ行こうや、と優しくいった。