ふくろうの神・カムイが恵まれない家をすくう話があった。

自然に抱かれ、自然に守られ、自然と一心同体で生きて死んでいった古の民族の話。

その平和な社会の中にも、妬みがあり、嫉みがあり、不幸な人たちがいて、ふくろうがそんな人たちを救いにくる話だった。

親父が、これだろ、っとページをひらいてさっと出し、俺は受け取って、すいっと読むなり、これだね、っと即決した。

だから、文様のメインはふくろうだ。

大小さまざまなふくろうが飛び交って、大樹や大河、湖あたりに住んでいる民族たちを次々とすくっていく構図なんだ。

親父が緻密なデザイン画を書いてくれて、それを俺がチェックしつつ、まだまっさらな木の二つのパーツに丁寧に書き写した。

書き写しながら、思い出していたのは、とっくに忘れたと思っていた母さんの小刀だった。

記憶が確かなら、母さんが5年前にいなくなるまでに、2度しかみせてもらったことのない小刀。

真っ赤なベルベットの布に包まれていた。

母さんはいつも文字通り、肌身離さず身に着けているみたいだった。

一度目は8つ冬。家族で東の町の温泉にいったら、脱衣籠の中に真っ赤な布があって、これなに? と俺が取り上げたとき。

二度目は母さんがいなくなる前にあったオプニカの夜。母さんの親友の娘さんが片腕をなくして大変な騒ぎになって、救急車を呼ぶために前を走っていた母さんの足の間から、真っ赤な布がぽとりと落ちたのを俺がひろったとき。

真っ赤な布をくるくるはずすと、まず緑色の瞳をもった鹿の姿が目に飛び込んできた。

「エメラルドだよ。ほんもんだって」

蛍光灯の明かりに透かしてみようとする俺の手から、ぐいっと小刀を抜き取って、母さんは言った。かなり自慢気だった。