その手が、焦げ茶色の枝を握っているのに、俺はきがついた。

「それ?」

「おお、いいだろう? そっちの崖っぷちぎりぎりにあった。ほら?」

親父が顎でさす方向に、白樺や伊達かんばに囲まれて、すっくりと立っている柳がチラッと見えた。

けっこう遠い。

「あんなとこまでいってたわけ?」

「まあな、ちょうど目についたからな。な、いいだろ?」

親父は満足そうに、何度も、な、をくりかえして、俺はそのたびに、うん、と答えた。

それで首が痛くなったけれど、かまわなかった。

その木は、俺がまさに、理想としていた木だったからだ。

「親父ありがとう」

立ち上がって、熊笹をおしのけて、作業着を笹だらけにしている親父にちゃんと向かいかって、礼をした。

「馬鹿、おまえ、珍しいことやると病気になるぞ」

親父は、がはは、と笑って、これからだ大変だろう、並の努力じゃ、メコンノマコイは彫り上げられないからな、と俺の肩をバンバンたたく。

それでも足りないらしく、軍手の手のまま、俺の顔も体も、ぐしゃぐしゃに撫で回す。

じいちゃんといっしょじゃん。

俺は、顔中、笹だらけになりながら思った。

さっきどうしても聞きたかった、湯本さん云々は、まるで違う次元のことだったみたいに一気に引いていく。

なんか、照れくさくなって、俺、なんに化身しようとしてたのかな? ときいたら、きまってるだろう、馬鹿、と親父は答えた。

「ふくろうだよ」

親父の背中がぱたぱたと動いてみえた。