イナウを削る。

   オプニカのためのイナウだ。

 明日に迫ったオプニカに、俺は舞を連れていくことをきめた。

 親父にさっき、夕飯のときにそういった。

「そうか」

 俺が作った、ほっけの焼き魚と肉じゃが、ほうれんそうのおしたしを食べながら、親父は特に驚くこともなく、うなずいた。

 予感はしていたけれど、じっさいにされると、ちょっと驚いてしまう反応。

「いいの?」

 思わずきくと、若い頃は十数年に一人の美少年といわれていた親父は、深く切れ込んだ一重の目でちらっと俺をみて、整った形の唇をちょっと開いて、もう決めたんだろうが、と薄く笑った。

 こういう顔をみると、腕はそうでもないけれど、お前の顔をみるだけで治る女も少なくなかろう、と親父のマッサージ師としての力を斜めに評価していたじいちゃんの言葉にうなずける。

 いまでも、俺よりずっと美形だ。

「イナウ、多めに作っとけよ。いざというときに使えるからな」

 食べ終わった茶碗を台所に片付けながら、親父はいった。

「やばいこと、あるかな?」

「ないだろう。たぶん。だか、まあ、万が一だ」

 水で簡単に洗うと、親父は玄関から続きになっている離れの診療所に向かう。

「珍しいじゃん。夜間治療」

「なんか、急な予約が入ってな。ま、すぐに終わるだろう。先に寝てろ」

 親父は椅子の背にかけてあった白衣をはおって居間から出ていく。

 ‘ここらへん’の夜は早い。

 普通の大人でも夜11時過ぎて起きている奴はまずいない。

 夜は邪が強いから、橋の向こうから幾重にもつらなって流れこんでくるから。

 そして木々は夜に呼吸をかえるから。

 どんなに暑い日も太陽が沈めば窓を閉め、邪よけの蜜蝋をたいて静かにすごす。

 電波のせいもあるけれど、俺たちは夜のテレビ番組にはめっぽう弱い。それでも、新聞のテレビ欄をしゃかりきにみて、録画することもたまにはあるか。