歳哉はよくよく振り返って考えてみた。


 まず、名前の名乗り方だが、八重は普段、“八重です”と言う。

 理由は簡単。この剣術道場は一つの村みたいなもんだから、つまり八重の家族、山岡家の人々もいるわけで、ごちゃまぜにならないように下の名前を名乗るようにしているのである。


(くっそ!自分が追い詰められていたせいで冷静な判断を欠いてしまってた!)


 自分を責めても始まらないのだが、歳哉は後悔した。


(自分が窮地に陥ったときは誰かが助けてくれるとか思ってるからだめなんだ…)



 だが今はそんなことを言っている場合ではない。

 戸のノックの仕方が謎なのだ。あれは確かに事前に取り決めた叩き方だった。

 しかし、歳哉の返答としてのノックの後に、もう一度ノックをかえす手筈になっていたのにそれがなかった。



―――おかしい…


 声は八重のものに酷似していたし、ノックの合図までも打ち合わせ通りだったのに、最後のツメが甘かった。

 八重に限ってツメがあまいなんてことはありえない。


 何かあったのだろうかと、歳哉の心配は一気にふくらんだ。