「……じゃあ」
夏木はマイペースに右手を挙げ、ボソッと小さく呟いて、自転車で走り去る。
ハトが豆鉄砲くらったような顔のあたしを残したままで。
夏木って、しゃべれるんだ。
考えてみたら当たり前か。
この1週間、夏木の笑顔はおろか、誰かと会話しているところすら見たことがなかった。
初日でのシカト事件以来、“夏木は怖いヤツ”という定説が広まって、怖いもの知らずのファンの女の子以外に、夏木に話しかける子もいなかったからだ。
その女の子たちも、もちろんシカトされ、いつもむっつりと黙り込んで、うつむきがちに授業を受けている夏木。
白石くんとだけは話をしているみたいだったけれど、クラスの子の視線を感じると、すぐに黙ってしまっていた。
そんな夏木と……
そ、そんな夏木と、しゃべっちゃったのかな、あたし!?
後になって、じわじわと事の重大さがわかりはじめる。
しかもあたし笑われたんだ!
いや、正確にはたぶんばかにされたんだけど…
まぁいいか。
うわー、あたし笑顔見ちゃったよ大変だよ!
驚きと興奮とドキドキで、今にもここから飛び降りそうなくらい、身体がウズウズした。