「ノックぐらいしてよね」
「したわよ。何?合唱聞いてるの?」
「うん…。」
「あんた合唱やめたんでしょ?しばらく勉強に集中してると思ってたのに…」
「…別に聞くぐらいはいいでしょ」
「聞いてもいいけど、勉強に集中出来ないんだったらけじめつけなさいよ」

…けじめ。

そうだ…私はもう合唱部じゃない。
それでも私を容赦なく包み込む神聖な響き。
ああ…どうして聴いてしまったんだろう。
こんなにも聴いたことを後悔してる…。

歌いたい…。

気持ちが溢れて、興奮が収まらない。
私、本当に歌うことが好きだったんだ。


翌朝、私は登校してすぐに職員室に行った。
どの先生も慌ただしく授業の準備なんかをして動いてる。
それなのに、深見先生は自分の席にどっかりと腰を据えてコーヒーなんか飲んでいる。

私はツカツカと深見先生へ歩み寄った。
「あ、おはよう」
この職員室の空気に馴染まないような気の抜けた挨拶…。
「…おはようございます。これ、返しに来ました」
先生のCDを差し出した。
「お、もう聴いたんだ。どうだった?」
先生の目がわくわくしてこっちを見てる…。
私は耐えられずに視線を逸らした。
「…良かったですよ」
「それだけ?」
「…聴かなきゃよかったって後悔してます」
ちらっと目に入った先生の笑顔が一瞬凍りついた、気がした。
「あ…ありがとうございました」
先生が期待してるような感想なんか言えないよ…。
先生の表情を見て少し罪悪感が芽生えた私は、居辛くなってすぐにその場を去ろうとした。

「そうか、良かった。後悔してくれて」