「もーちょい右」

「え、右?」

「あ…そこ左」

なかなか意志疎通がうまくいかず、少し焦りを覚えたのか、直人は伊澄の手を掴んだ。

「えっ」

「とれた」

伊澄は直人に握られた自分の手のひらに、小さいホコリがちょんとのっているのを見た。

「ほんとだ……」

「……伊澄ちゃん、結構ボケてるよね?」

「えっ、そんなことないよ?!」

思わず強く否定した。

「あるって!何か、先生っつーより……少し手の掛かる姉貴って感じかも」

「ええ~!」

「そんな嫌な顔しなくても……笑」

直人はくしゃっと笑った。

「姉貴って…。あーでも水澤くんの年考えたらそんなもんか……手の掛かるは余計だけど」

「はは…じゃ、俺…そろそろ行くわ」

「うん…またね」

伊澄は直人の背中を見た。

(……………)

「はぁ……」

伊澄は自分の椅子にどさっと腰をかけた。

(…………なんだろう)

直人に対する、羞恥心は消えたのに……別の痛みが伊澄の心を支配していた。