そう思ったら余計に空しくなって、あたしはそのカップルを無視して駆け出した。

後ろからまた男の人に呼び止められたけど、聞こえない振りをしてそのまま人混みにまぎれ込む。


胸が苦しいのは、走ってるから。

涙が止まらないのは、冬の空気が目にしみるから。

そうやって自分に言い聞かせてるのに、あの日ヘアピンを差し出してきた智彦の笑顔が思い浮かぶのは、どうして?


これでいいはずだよ。あんな物、持ってたって辛いだけだもん。

智彦を思い出して、どれだけ好きなのか思い知るだけだもん。

家へ帰ったら全部捨ててやる。智彦にもらった物は全部ぜんぶ捨ててやる。


だって、どれだけ物を捨てたって、あたしの心までは捨てられないんだから。

いちばん大きくて重いものが、あたしの中に残っちゃうんだから。

これ以上の苦しさには、もう耐えられないよ。