時々すれ違う人たちにぶつかりながら乱暴な足取りで歩く。そうやって何人目かとぶつかった時、前髪を止めていたヘアピンが相手の服に引っ掛かった。

かしゃん、と小さな音を立てて銀色の光が足元に落ちる。

羽に緑色の石がはめ込まれた、銀色の蝶々。あたしのお気に入り。

いつだったか『可愛いな』と思って見てたら、一緒にいた智彦が買ってくれたの。

初めてのプレゼントだった。だからすごく嬉しくて、気がつくといつもこれを着けてたんだけど……。


もう、こんな物いらない。見たくもない。

智彦につながる物なんて、何ひとつそばに置きたくない。


だから落としたピンを無視して歩き出そうとしたら、一瞬早く横から大きな手がそれを拾い上げた。


「これ、君のじゃないのか?」


下を向くあたしの前に差し出された緑の羽の蝶。思わず首を振った。


「……ちがいます」

「え、でも」


戸惑うような低い声。智彦とは違う、大人の声。


「もう、ヨウってば何してるの? 違うって言ってるんだし、いいじゃない。行こうよ」


少しだけ顔を上げた先、黒いコートの腕に絡みつく女の人が見えた。

きれいなメイクと華やかなファッション。甘えるような声と上目使いが良く似合ってる。


あたしもこの人みたいに可愛かったら、こんな思いをしなくてすんだのかな。