両腕を大きく振りかぶり、体重を乗せて思いっきり振り下ろす。

ズバーンって、手の中にあった革のバッグがいい音を響かせた。

ああ、野球かソフトボールを習っておけば良かったかも、なんて。

目の前で尻餅をついた『元カレ』を見下ろしながら、あたしはそんなどうでもいいことを考えてた。


「い、痛ってーな! 何すんだよ!」


あっという間に赤くなった左頬を押さえて智彦が怒鳴る。

だけどあたしはもう、それを可哀想だなんて思えなかった。


「……あたしの方がよっぽど痛いわよ、智彦のバカ!」


じんわりとぼやけてくる目も、何かが詰まったみたいに震える喉も、ぐらぐら揺れる頭の中も。

なにより早い鼓動を打つ心臓の、もっと奥にある場所が締め付けられるみたいに痛かった。

これ以上、智彦の側にいたら、全身が引き裂かれてしまうんじゃないかって思うくらい。


だからあたしはその場から逃げるように駆け出した。

背を向けた智彦が何か叫んでたけど絶対に振り返らなかった。

振られて泣いて逃げて。そんなみっともない姿を見られたくなかったから。





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