あたしはひらひらと手を振って智彦に背を向けた。

もうこれ以上、話すことなんてなかったから。


前みたいに逃げるんじゃなく、普通に歩いて扉へと向かう。


だけど扉へと辿り着く前に背後で、かたん、と硬い音がなった。


足音が近づいてくる。当然、それは智彦しかいない。

この人ももう帰るのかな。そんなことを思いながら、あたしは何気なく後ろを振り返った。


次の瞬間、あたしの視界を染めたのは学生服の黒。


薄く、柑橘系のコロンが香る。

付き合ってた頃、抱きしめられるたびに感じてたそれ。