……ううん、ちょっと違う。

本当は里村葉に腹が立ってるんじゃない。


ただ、この人に別れ際の智彦を重ねただけ。

あたしのことなんて忘れたみたいに、平然と心変わりしたあいつを思い出しただけ。


「ちょ、ちょっと、まだ本題に入ってな……」

「あのピンを受け取る気はありません。以上。さよなら」


何か言いかけた里村葉の言葉をぶった切って、あたしはカウンターの中から出ようとした。

なのに後ろから腕をつかまれるから、うんざりしながらも仕方なく振り返る。


「放してほしいんだけど」

「いや、何いきなり怒ってんの」

「別に、あんたに怒ってるわけじゃないから気にしないで」

「そういうわけにいくか」


ぐっと腕を引かれて里村葉と向き直る。うわ、近!

背中を屈めて顔を覗き込んでくるから、あのつやつやな黒い瞳と間近で見つめ合う形になった。