一瞬の出来事だった。浮かない顔をした幼馴染みを引き止めることもできなくて、呆然と廊下に座り込んだままで居る。真奈瀬を追いかけた二人の友人の内、一人の「ウチらに任せて!」という言葉に少しだけ安心した。でも、この迷惑な女だけは自分で何とかしないとな。



「……ねぇ、いつまで俺に張り付いてんの?」

「えー?いつまでもだよぉ。」

「遠回しに“早くどけ”って言ってんだけど、分かんない?俺、比奈子ちゃんとは付き合わないから。」

「ふーん……じゃあ誰となら付き合うの?事務所に男女交際は禁止されてる言ってたのは美隼君じゃない。」



 ――なかなか痛い所を突いてくる女だ。俺が言えないのを知ってて、わざとこんな質問をぶつけてくるなんて。

 こいつは俺の気持ちを知ってる上で、こういうことをやってるんだ。そう思ったら、体中の血が頭のてっぺんまで駆け昇ってきた。



「ざけんなよ!誰がテメェなんかに言うか!!」



 忌々しい重みを振り払って、着替えを取りに駆け込んだ教室をすぐに出る。苛立ちは、まだ拭えない。

 “あいつ”はこんな思い、してんのかな……隣のクラスのモテ男を頭に浮かべて、大きな溜め息を吐き出す。ふと目に入った空は、灰色な俺の気持ちとは正反対で、爽やかに広がっていた。