「芽衣は本当に馬鹿だな。俺が芽衣のところに帰らなかったときなんて、ないだろ?」

「……ん」

こくり、芽衣が頷く。素直さに愛おしさが膨らんでゆく。

「大丈夫。俺は芽衣を一人にしたりしないから」

望むなら、永遠を約束しよう。君に永遠を捧ぐ覚悟くらい、とうの昔、出会ったあの瞬間に既に決めていたのだから。

「可愛い、芽衣。だいすきだよ」

世界で一番、君だけが愛おしい。君だけが、唯一きらきら美しい。

言葉では語りつくせない感情が溢れて、ふっくらとした白い頬に口付ける。

「ちょ、イチ!くすぐったいよ」

「くすぐってんだよ」

「はぁ?もう、ばかぁ!」

身を捩る様すら愛しくて、壱弥は喉の奥で笑う。
つられて芽衣もくすくす可愛らしく笑ったのをみて、壱弥が折っていた上半身を起こし、姿勢を正した。
急に遠のいた顔に、芽衣が更に視点を上げる。
唇が悪戯に歪んで、柔らかい声が耳に滑り込んだ。

「なぁ、芽衣。もうサボって帰るか。腹減ったし」

断る理由が、芽衣にはなかった。
繋いだ手が、確かな温もりを伝えてきて、芽衣は一歩を踏み出す。

曇り空。煩かったヒグラシが、なぜだか鳴くのを止めていた。もう鳴き声は、きこえない。