「……けっこう、意地悪言うよね。うん、いいよ。わかった。わたしの一番言いたくない秘密教えてあげる。わたしね、お父さんの顔知らないの。お母さんもね、もういなくなっちゃった」


ヒグラシが鳴く。邪魔するように鳴く。
けれど芽衣の声は翳った図書室によく響いた。

「お母さんはね、わたしの顔がお父さんにそっくりだって言って、時々泣いてた。抱き締められた事も、数えられるくらいしかないし、可愛いとか言ってもらった事もなくて、買い物以外に外連れてってもらった記憶はなくてね、それで…最後はいなくなっちゃった」

いなくなった。という言葉が、死を連想させるそれではなく、子供を一人置き去りにして消えたのだと言うように淡々としている。

口の中に嫌な渇きを感じて、しかし動けなかった。

「これ、みて」

布地の薄いポロシャツがキャミソールと一緒に捲り上げられ、弛められたスカートが僅かに腰に引っかかっている。

露出した肌、腰の部分に肌と呼べるものではなくなった皮膚がてらてらと光っていた。

「これね、火傷の痕。お母さんが落とした熱湯の入ったヤカンが、わたしに降ってきたの。ヤカンが直接触ったここだけ、皮膚が溶けてこんなんなったけど、その時お母さんも火傷してた。両腕ね。床にぶつかって跳ねたヤカンのお湯から、わたしの事、庇ったの」

着衣を直しながら、大きな瞳が絢人を映して強い意志を放つ。

絢人の視線がはじめて揺らいだ。

「病院で、お母さん泣いてた。わたしのこと、愛してるって泣いてた。オバケとか出そうな暗い廊下で、わたしも嬉しくて泣いた。ねぇ、倉澤くん。それでもわたし、愛されてないって言うの?」

ヒグラシが強く鳴く。

まるで芽衣の深遠に呑まれたように、激しく鳴く。泣く。なく。

かける言葉が、みつからなかった。

「こんなんで友達になれるなら、人類は相当なマゾヒスト揃いだね」

芽衣が残した去り際の一言に、暑くないのに寒々しい汗をかいた。ヒグラシが、煩い。