ーーーー開幕偏ーーーー

 トンネルを抜けるとどうだとかというフレーズは言うまでもなく有名だろう。誰が書いたかなどという愚問はとりあえずそこらに置いておこう。
 しかし、トンネルを抜けたことによって、それまで見ていた景色と全く違うものが急に、それも真っ暗なトンネルを抜けたら見えたんだ。驚かない方が可笑しいとも思える。
 さて、その筆者もトンネルを抜けて驚いたのだろうが、僕たちの方が驚かざるを得ない状況だったのだ。

 旅館という名を持つ豪邸−もしくは豪邸という名を持つ旅館−に宿泊し始めたのは、一昨日からだ。窓の外の空は厚い雲に覆われ、太陽の光が届かずまだ暗かった。
 背もたれている砂壁に気をつけて伸びをする。座って寝ることには慣れているが、気温は真冬並。身体のあちらこちらが軋むのが分かる。
「こんな事ならコートでも持って来るべきだったかな…」
 ジーンズのポケットに入っている圏外の携帯電話を取り出し、フリップを開く。時間は六時過ぎ、体内時計は狂ってはなさそうだ。しかし、年間的な時計は狂いそう、いや、発狂しそうだった。

 今日は、五月三日。世間はゴールデンウイークだった。だが、ここ−完成の村−と呼ばれている地域はそんな事を気にすることも無く、今だに冬を醸し出している。先にここに訪れた知り合いに言わせれば『四季が置いていかれている』と表現していたが、全くもって同感である。早く春という季節に追いついてもらいたいものだ。
「寒いのを苦手とする人、沢山いると思うんだけどなぁ。僕とか、こいつ…とか。」

 目の前でもぞもぞと動き出した蒲団に包まってる彼女−左右田 唯−も同じく寒いのは苦手らしい。現に、蒲団から身体を全くはみ出さないという、何とも可笑しな格好で寝ている。
昨晩は一時位に床に着き就寝したから、五時間も寝たことになる。普段が3時間睡眠だったりするので、これでも寝過ぎた感がしてしまう辺り、どうしようもなさが漂ってしまう。
「やっぱり寒い…」