約束通り、三時に山之々さんの部屋に伺うと、彼はお茶を飲んでいた。
「いらっしゃい。さて、すまないけど、少し手伝ってもらうよ。」
 そう言うと山之々さんは、隣の部屋へ向かった。そこは、彼の芸術のテリトリーになっていた。彫刻が沢山列び、部屋の八割は彫刻で埋め尽くされているのを想像できた。
「これを五つ向こうの部屋へ運んでもらえるかな。なるべく傷付けないようにね?」
「わかりました。」
 ただ、こういう雑用を頼まれたのは本人からでなく、鼎さんからだということを忘れなければ苦痛じゃなかった。伯楽さんが推薦してくれたことも忘れてはならない。
「しかし、良いのかね?君だって宿泊客なんだし…」
「だから鼎さんが僕を指名したんですよ。唯のおまけですし、働きますよ。それに、こういうの好きですから。」
「そうかい?なら、頼んじゃうよ。よろしくね。」
 山之々さんは部屋を出て行き、再び自室へ篭った。
「さて、さっさと終わらせよう。」

 山之々さんに聞けば、彼はここで長いこと芸術活動をして、気に入ったものを買ってもらう、という風にして生計を立てているらしい。ということは、アイツも山之々さんを知っているのかもしれない。
「…………」
 それがどうってことは無いのだが。

 時刻は五時を迎えた頃、移動は全て終わり、山之々さんの部屋へ行き報告しようとした。ここ、『雨唄』では珍しい洋室だった。扉をノックするが返事が無い。芸術活動中なら邪魔しないのが常識だ。
「移動、全て終わりましたんで部屋へ戻りますね。」
 少し声を張って中にいる山之々さんに聞こえるように言ってみた。少し間があって、ドア越しに返事が聞こえた。短かったので「あぁ」や「うん」の類だろう。そのまま、山之々さんを見る事なく部屋へ戻った。

 部屋にはコタツに突っ伏している唯が、近くに蜜柑の皮を散らかし寝ていた。流石に風邪をひいてしまいそうだったので、そのまま抱えて、敷きっ放しの蒲団に寝かした。寝汗のせいか、髪の毛が汗ばんだ頬にくっついていたので、取ってやった。
 この寝顔を眺める事さえ、罪悪感に駆られ直視出来ない。

 この言葉を亡くした少女を見るのは、いい気分ではない。

 たとえ、それが自分の望んだ結果であったとしても。

 それは、彼女の言葉を殺してしまった事実は変わらない。